==岸ゴムほぼ日刊コラム==

岸ゴムほぼ日刊コラム

■■ 羊男のクリスマス ■■

Written by カフカ

最新のコラム

質量保存の法則について

中学校で質量保存の法則を習った時、それまでの13年の人生で最大の衝撃を受けた。

この世のあらゆる物は、バラバラになりこそすれ、きちんとそれぞれの重みと性質を担ったまま存在している、という事実を知った時、まっさきに頭に浮かんだのはレゴブロックだ。有限のブロックは他のブロックとくっつき、無限の形を創り出す。今朝残したブロッコリーも、三限目に折れた鉛筆の芯も、昨夜切りすぎた爪も、昨年死んだ祖父も、バラバラのブロックになりこそすれ、いつか他のブロックに出会い、何かを構成する一部となるのだ。

そうした不思議な感覚は僕の中に眠る、奥深い物理学の世界への扉を叩いてくれた。叩いてはくれたが、僕は自分の数学の成績を踏まえ、その扉を開けるのはやめておいた。
僕が今触っているキーボードを形づくっている一部は、前は僕の祖父を形作っていたのかもしれない。

質量保存の法則は別の話も思い出させてくれる。こんな話だ。

コナナ島とウドク島は共に地中海に浮かび、面積、人口、暖かい気候に、陽気だが涙もろい島民、絵葉書のような街並みに盛んな漁業と類似点の多い素敵な島である。
そんな双子のような島の違いがふたつだけある。ひとつは漁の方法、もうひとつは沿岸の海の塩分濃度だ。

コナナ島の漁師はたったひとり荒れる近海で命がけの漁を行う。ちいさな一人乗りの船での大変危険な漁で、そのまま帰らなくなる漁師も多い。
ウドク島の漁師は大勢で穏やかな遠海まで漕ぎだし漁を行う。安全な航海であるが、一度海に出れば半年は帰ってこられない長い長い漁である。

涙もろい両島の女達は漁に関する涙もよく流すが、その涙の理由には差異がある。
コナナ島の女は、大挙して戻ってくる漁師たちに夫の姿をみつけられなかった時、悲しみの涙をながし、ウドク島の女は、半年ぶりに目にする漁師たちに夫の姿をみつけた時、喜びの涙をながすのだ。

感情によって涙の成分は変わる。長い間に女達がながした悲しみの涙と喜びの涙は、異なる成分を土地に染み込ませ、他の何かと出会い、川に溶け出し、海に流れ込み、沿岸の塩分濃度に違いをもたらしているのだ。

物理学の良いところは、新しい事実に則り、柔軟に定説を覆すところだ。
相対性理論によって質量保存の法則は厳密には否定されているし、後半部分は、僕が先程つくったフィクションである。

2016年3月7日（月） No.39

[TOP] ++HOME++

008295

shiromuku(n)DIARY version 1.31